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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)7号 判決

一 請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二 本願発明の構成

原告は、本願発明の発射薬筒は特許請求の範囲の項に記載の構成から成るもので、この構成を選択することにより、(一)薬筒がむき出しになつていて(したがつて、薬莢、薬嚢の類を有しない。)、(二)発火に必要な受面(発火金)を有せず、(三)その点火成分は機械的にのみ点火しうることを必須の要件とするものである、と主張する。

1 薬莢及び受面について

成立に争いのない甲第八号証によれば、本願発明の明細書の特許請求の範囲の項には、「鋳造又はプレス成形の発射火薬体を有する………発射薬筒。」と記載されていることが認められ、それ以上に、「薬莢を有しない」「受面を有しない」旨の明示の記載のないことは当事者間に争いがない。

このように本願発明の特許請求の範囲の項には、薬莢ないし受面について、それがあるともないとも記載がないのであるが、特許請求の範囲には発明の構成に欠くことのできない事項をすべて記載すべきものであり(特許法第三六条第五項)、一般にある要件を備えるとの記載がない場合にはその要件は備えないものと解するのが自然であるし、更に、この点を本願発明の明細書について見ると、成立に争いのない甲第二号証の二、前掲甲第八号証によれば、その発明の詳細な説明の項には、

(a)「この薬筒で生じる大きい圧力によつて、再三再四薬莢壁において破裂及びさく裂、それ故装置の薬筒に残渣が生じる」、(b)「本発明は前述の欠点を避け、そのほかにそれ自体不必要な薬莢の重量並びに薬莢に必要な材料費及びコストを節約する目的で」、(c)「中央に空部及びこの領域中に機械的に点火しうる点火成分を有する鋳造又はプレス成形の発射火薬体を有する薬筒を提案し、これは点火成分は発射火薬体の空部を少なくとも片面覆う火薬シートとして及び(又は)空部を一部分充填する火薬装薬として構成されていることを特徴とする。」、(d)「従来薬莢の除外には安全な技術的理由、殊に偶然の点火の危険も対立していた。」、(e)「しかしながら、この危険は本発明による薬筒の構成によつて克服された。」、(f)「それというのも、薬筒それ自体は点火するために必要な受面を有していないからであり、」、(g)「かつまた、かかる受面が存在する場合にさえも、」、(h)「常に発射火薬体の空部領域中に配置された打撃に敏感な火薬装填物に対して打撃が行われる場合に、点火が惹起されるに過ぎないからである。」、(i)「しかしながら、これは更に適当に配置された空部中に導入することのできる打撃工具を前提条件とする。」(甲第二号証の二第一頁第一五行ないし第一八行、第二頁第三行ないし第三頁第一行、甲第八号証)との記載があり、これによれば、本願発明の発射薬筒は、従来の、薬莢を有する発射薬筒が具有していた(a)のような欠点を除くことを主たる課題とし、そのほかに(b)の効果を奏することをも目的として、(c)の構成(特許請求の範囲の構成)を選択して、発射薬筒から薬莢を除去したものであり、この薬莢除去に伴う(d)のような欠点は、(c)の構成により、薬筒それ自体は受面を有しないことによつて克服されていることが認められるので、本願発明の発射薬筒は、薬莢(ないし薬嚢の類)を有せず、薬筒(鋳造又はプレス成形の筒状発射火薬体及び点火成分によつて形成される。以下、本願発明について同じ。)がむき出しになつているもので、かつ、受面を有しないものと認めるのが相当である。

被告は、受面について、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項に前記(g)の記載があることを指摘して、受面を有すると否とは本願発明の構成と関係のないことであると主張するけれども、右(g)の文言は前記(f)の文言に続くものであつて、もしこの(g)の文言を被告の主張するように、「かつまた、薬筒それ自体が受面を有する場合にさえも」と読むとすれば、その構成は明らかに(f)の構成と矛盾することとなつて(f)の記載は無意味のものとなるし、他方、(f)の「薬筒それ自体は受面を有しない」との記載と(g)の「受面が存在する場合」との記載では表現の文言が異なつており、これら(f)(g)の記載と更に後に続く(h)(i)の記載を併せて読めば、ここに「受面が存在する場合」という(g)の記載は、「薬筒それ自体は受面を有せず、しかもかかる受面が存在する場合」、すなわち「薬筒以外の場所に受面が存在する場合」(例えば、植込ボルトの底面が受面となる場合)をいうものと解せられるから、被告の右主張は理由がない。

また、被告は、薬莢について、本件出願手続中の補正の経緯を指摘して、「薬莢を有しない」ことは本願発明の構成をなすものではないと主張するけれども、仮にその点を考慮にいれるとしても、そのことから直ちに発明の構成をそのように解しなければならないものではないので、被告の右主張は理由がない。

2 点火成分について

原告は、本願発明の点火成分の点火は専ら機械的にのみ行われ、火炎による点火は含まれないと主張する。

この点について、被告は、まず、本願発明は物の発明であるから、点火方法をその構成要件とする原告の主張は失当であるという。しかしながら、発射薬筒は、適切な手段で点火されることにより機能するものであつて、点火がいかなる手段で行われても差支えないという特段の事由のない限り、その点火がいかなる手段で行われるものであるかは発射薬筒の構成そのものと不可分の関係にあるものであるから、この点火方法の限定についての被告の主張は理由がない。

そこで進んで、右原告の主張の当否について検討するに、本願発明の特許請求の範囲に、「機械的に点火しうる点火成分」とされていることは当事者間に争いがない。これが原告主張のように、「専ら機械的に点火しうる点火成分」を意味するのか、それとも被告主張のように、機械的点火以外の手段を併用する「機械的に点火しうるものでありさえすればよい点火成分」を意味するかは、右特許請求の範囲の項の記載だけでは必ずしも明確でない。しかしながら、前掲甲第二号証の二によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、「常に発射火薬体の空部領域中に配置された打撃に敏感な火薬装填物に対して打撃が行われた場合に、点火が行われるに過ぎない。」(第二頁第一六行ないし第一九行)、「火薬シートを使用する場合に打撃による目的の点火の惹起をうるためには、有利に打撃に敏感な、すなわち、打撃によつて点火可能の火薬からこのシートを製造することを考慮することができる。」(第三頁第一九行ないし第四頁第二行)、「空部を両面覆う場合には、空部に一部分打撃によつて点火可能のゆるい平方粒火薬を充填することを考慮することもできる。」(第四頁第七行ないし第九行)、「打撃によつて点火可能の火薬混合物又は打撃によつて点火可能のゆるい平方粒火薬の使用は、打撃によつて点火可能の火薬から火薬シートを製造するのを放棄しなければならぬ場合に考慮することもできる。」(第四頁第一三行ないし第一七行)、「後者(火薬シート)では、付加的に、なお打撃に敏感な火薬を利用しない場合には、火薬シートは打撃によつて確実に点火可能の火薬から製造することが保証されていなければならぬ。」(第五頁第七行ないし第一〇行)と記載されているのであつて、本願発明における点火成分の点火は、衝撃すなわち機械的方法によつてのみ行われ、火炎による点火は全く考慮されていないことが認められ、他にこれと反対に解すべき記載は存しないから、前記請求の範囲の項における「機械的に点火しうる点火成分」とは、「専ら機械的に点火しうる点火成分」を意味するのであつて、火炎による点火は含まれないと解するのが相当である。

3 結局、本願発明の発射薬筒は、特許請求の範囲の項に記載の構成を有し、(一)薬筒がむき出しになつていて(したがつて、薬莢、薬嚢の類を有しない。)、(二)発火に必要な受面を有せず、(三)その点火成分は機械的にのみ点火しうるものであることを必須の要件としているというべきである。

三 進歩性の存否

1 本願発明の発射薬筒の点火成分が機械的にのみ点火しうるものであることは前示のとおりである。

成立に争いのない甲第七号証によれば、引用例において本願発明の点火成分に相当するものは、同号証に「点火薬」と図示説明されている黒色火薬であるところ、この黒色火薬は、同号証の第一九九図の説明に「緊塞具Bの左端に門管Aを挿して発火すれば、中心火門を通り薬嚢Cに点火され」とあり、審決引用の第二〇〇図の説明に「薬嚢に点火を確実ならしめるため黒色火薬を点火薬とした状を示す。」とある各記載から明らかなとおり、中心火門を通つてくる火炎によつて点火されるものであることが認められる。

したがつて、本願発明の点火成分と引用例の点火成分はその点火方法を異にするものである。(被告は、黒色火薬もまた機械的に点火しうるものであるとして、乙第一号証を提出しているが、黒色火薬が一般にそのような性質を有するものであるとしても、少なくとも引用例において点火成分とされている黒色火薬は、前示のとおり火炎によつて点火されるものであるから、この相違を否定することはできない。) この相違点について、審決が、「本願発明の点火成分は機械的に点火しうるものであるのに対し、引用例の点火成分はそのようなものであることが明らかでない。」とし、「機械的に点火しうる点火成分は、甲第九号証に示されているように、従来から知られているところであり、そのような点火成分をこの発明に用いたことにより作用上格別の相違が生じてくるとも認められないので、この点に考案を認めることはできない。」と判断していることは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第九号証、第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、甲第九号証には、従来のいわゆるセンター打ち薬莢(第2図)、リム打ち薬莢(第3図)、及び同号証考案の薬莢(第1図)が示されていて、これらの薬莢の点火成分(起爆薬、点火薬)が機械的に点火されるものであることに誤りはないが、これら薬莢は、内側に装薬室を備えて装薬(発射火薬体)の外側を包んでおり、かつ、点火成分の点火のために必要な受面(第2図のセンター打ち薬莢においては雷管の発火金、第3図のリム打ち薬莢においてはラジアル・フランジ、第1図の薬莢においては内管)を有しており、点火成分はこの受面に接して配置されているものであることが認められる。すなわち、同号証に示される点火成分は機械的に点火されるものではあるが、それは薬莢及び受面を有する薬筒における点火成分である。これが同号証に示されている本願発明の出願前に公知の技術である。

これに対し、本願発明の薬筒は、さきに認定したとおり、薬莢及び受面を有しない。そして、その点火成分はかかる薬筒において機械的にのみ点火しうるものであるから、その技術内容は明らかに右の公知技術とは異なる。この公知技術を本願発明に適用しても、そこには薬莢も受面も存しないのであるから、点火成分として機能させえないことは明らかである。この点火成分を薬莢も受面もないまま機械的にのみ点火できるようにするには、更に格別の工夫を要するのであつて、当業者といえども容易に想到できることではない。

本願発明は、特許請求の範囲に記載の構成(点火成分を発射火薬体の空部を少なくとも片面覆う火薬シートとして及び(又は)空部を一部分充填する火薬装薬として構成し、この点火成分を鋳造又はプレス成形の発射火薬体の中央空部領域中に配置する。)を選択することにより、右の課題を解決し、薬莢及び受面を有せず、しかも、その点火成分は機械的にのみ点火しうる発射薬筒を創作したものであつて、前掲甲第二号証の二によれば、つぎのような特段の作用効果を奏することが認められる。

(一) 一般に、ボルト植込装置、家畜麻酔装置その他の産業上利用される火薬力作動装置の使用においては、迅速な再装填ができ、殊に装置の機能が不純物で損われないことが要請されるところ、従来の薬莢付薬筒では、薬筒で生ずる大きい圧力によつて、薬莢壁端において発生する破裂、さく裂により、装置の薬筒に残渣が生じ、右要請に応じ難い欠点があつた。本願発明の薬筒においては、薬莢を有しないから、右残渣が生ぜず、迅速な再装填も可能である。

(二) 薬莢を有しないので、従来の薬莢の重量及び薬莢に必要な材料費ないしコストを節減することができる。

したがつて、審決が、機械的に点火しうる点火成分は甲第九号証に示されているように従来から知られているところであり、そのような点火成分をこの発明に用いたことにより作用効果上格別の相違が生ずるとも認められないとしたのは、判断を誤つたものとせざるをえない。

四 以上のとおりであるから、薬莢も受面も有しない薬筒について、専ら機械的点火をする点火成分を備えることを構成要件とし、特段の作用効果を奏する本願発明をもつて、作用効果も異なる、薬莢等を有し、かつ、火炎による点火をする点火成分を備える引用例のもの及び薬莢等を有し、かつ、機械的点火をする点火成分を備える公知の技術(甲第九号証)から、当業者が容易に発明をすることができたものとした本件審決は、判断を誤つた違法のものであるといわざるをえない。

よつて、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容する。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

中央に空部及びこの領域中に機械的に点火しうる点火成分を有する鋳造又はプレス成形の発射火薬体を有する殊にボルト植込装置その他のような産業上利用される装置用の発射薬筒において、点火成分は発射火薬体の空部を少なくとも片面覆う火薬シートとして及び(又は)空部を一部充填する火薬装薬として構成されていることを特徴とする発射薬筒

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙 (一)

<省略>

別紙 (二)

1 引用例の図面

<省略>

2 甲第九号証の図面

<省略>

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